サード・プレイスとしての銭湯

サウナのことを好きになってからというもの、銭湯へ行くことが多くなった。

主な目的はサウナに入ることではあるものの、銭湯という場所自体がいいなと思い始めている。

社会学の用語で「サード・プレイス」というものがある。

家でも職場でもない居心地のよい場所のことで、Wikipediaを読むとサード・プレイスの特徴は以下のとおり書かれている。

  • 無料あるいは安い
  • 食事や飲料が提供されている
  • アクセスがしやすい、歩いていけるような場所
  • 習慣的に集まってくる
  • フレンドリーで心地良い
  • 古い友人も新しい友人も見つかるようなところ

サード・プレイス - Wikipedia

 

サード・プレイスの特徴からして銭湯は見事に合致しているなと驚いてしまう。そうそう、これこれ。銭湯は心地よい場所だ。

サウナを求めて行っていたけど、こういったサード・プレイス的な良さを銭湯に感じていたなと思う。銭湯は「ちょうどいいな」と感じることが多くて、それが好きだ。

 

サウナがメインの施設もそりゃ好きだけど、そういう施設は繁華街にあることが多くて、設備やサービスが充実していることが魅力としてあって、非日常の楽しみが大きいように思う。

一方で銭湯は住宅街の中にあって生活と地続きな存在だという実感を持っている。設備やサービスはもちろん良し悪しあるものの、それよりもその場所にあって気軽に行けることに良さがあると思う。

 

ちょっと前に銭湯で働いている方に業界の話を雑談的に聞かせてもらう機会があった。その方曰く「初期費用がかかりすぎるので新しく始めるのは難しいし、つぶれる銭湯の後継者を募集している情報もうまく集約されていない、土地を売ってマンション建てた方が儲かったりもする」とのことらしい。厳しい。

銭湯を好きになるほど、なくなってしまうのは本当に困るし寂しいと思うので何とかならんのかと思うばかりだ。